| 素材との対話 |
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福島県、奥会津は南会津町。
くるみのトレーの小沢賢一さんの工房を訪ねると、薄暗い作業場にはぽっと1点、黄色くあたたかな照明が灯されていました。
「これじゃないと削った跡がよく見えないんだよね。」
気取りのない、あたたかな小沢さんののみ跡は薄暗い空間の中、この手元を照らす光との陰影から生まれる。それぞれの素材が持つ個性と静かに向き合いながら。
「1度やってみるといいよ。」そういって小沢さんは大きな節が穴になっている材料を体験用に出してきてくれました。
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「まずはこの縁の部分をこれで削って、こんなふうに。」
お手本の通りにのみを入れる。スッと気持ちよく削れるところ、さっきまでスッと削れていたのに急に抵抗を感じるところ、いろいろ。
「1枚の木の中にもうねりがあって、削りやすい方向、どうしてもうまく削れない方向があるんだよ。それに合わせて、向きを変えながらやんなきゃいけない。」
同じ方向なんだから、と思って力任せにのみを入れると木は正直に嫌がってくる。どの方向ならこの木はのみの刃を受け入れてくれるのか、そんなことを考えながら、というよりは、手元で感じながら削る時間はまさに素材との対話なのでした。
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| 木目はその木の生き様そのもの |
「買う人も節が嫌だとか目がまっすぐじゃなきゃ嫌だとかいうでしょ。売る人もやっぱり売にりくいものは困るという。だからって使わないのはもったいないよ。かわいそうじゃない。」と小沢さん。
確かに、私たちはきれいに揃ったものがいいものと思いがち。もちろんそういう基準もあるけれど、木もやっぱり人と同じ。みんながみんな優等生だなんてつまらないわけです。ちょっと変わった人、おもしろい人、たくましい人、静かな人。いろいろな人がいるからおもしろい。育った環境、家族構成、これまでの人生なんかを聞いて「なるほど、だからこういう人なんだー」なんて。 |
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小沢さんは節のもの、木目の激しいものなんかを見せてくれる。「この節はここから枝が出てたってこと。人間の腕は上側に力こぶが出来るけど、木の場合は下。大きく張り出した枝は下側から支えようとしてそこがたくましくなるんだよ。だからこの木はこういう向きで生えていたということ。」
「これは雪の重みに耐えながら育った木。倒されても倒されてもまた起き上がってきたのがわかる。俺はね、こういう木を見ると本当にお前はよくがんばったなぁって思うんだ。わかった、わかった。俺がしっかり供養してやるからな、そんな気持ちでやってんだよ。」
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のみを手に、素材と向き合う時間。そこから伝わってくる木々の姿やその個性。そしてそれを感じ、思いやるつくり手。
使い手だって。せっかく同じ使うなら、木々の姿に思いを馳せ、もっともっと木の生き様に寄り添っていたいもの。感謝の気持ちと愛おしさと共に。
そんなことも感じつつ、私は大きく節の穴が空いた自作のトレーを持ち帰ったのでした。ここから枝が、伸びていたんだねー。
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−これまでのjokogumo-note−






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