息子が山村留学したはなし⑪
ひそかに回を重ねている「息子が山村留学したはなし」。
はじめから興味あるかも、という方がおられましたらこちらよりどうぞ
息子が山村留学したはなし①
あっという間に冬休みも終わり、新しい年です。
10日の帰省ののち、また息子は留学先へ戻り、母は絵本のページをまたひとつめくったような気持ちで過ごしています。
短かったなぁ、冬休み。
今思うと、自分が大学生の頃に帰省して、戻っていったあとの親もまたこんな感じだったのかな。立場や年齢がが変わってから気づくことってありますね。
さて、ほかの留学先もそうなんじゃないかとは思うのだけど、留学生は基本帰省の度に自分の荷物をほぼ持ち帰ってきます。学校のものはもちろん、日用品や服、靴など、いくつもの段ボールに詰めこまれたそれを、子どもと共に自宅まで持ち帰ります。
これがなかなかのボリュームで、家に戻るとまずはその整理。自分ひとりでやらせるのがいいのかもしれないけれど、荷物から見えてくることもある。
「なんでこれとこれが一緒に入ってんの?」
「まぁまぁ」
「え、これ、洗ってる?」
「えーっと、これは洗ってない、かも」
「なにこれぐちゃぐちゃじゃん~」
「えへへ」
なんて言い合いながら、段ボールの中身を一緒に取り出し、これまでの生活についてもいろいろと聞いてみたりもして。
1学期はなかなか思うように距離が縮まらなった地元の小学生とも、2学期は本人いわく「いい感じ」だったのだそう。
共に過ごす時間が長くなってきたのもあるだろうし、2学期は宿泊研修や運動会もあったから、お互いのことが前よりもよく分かるようになったのかもしれません。
みんなで仲良くしたいのに、壁がある。
夏休みに帰ってきて、だんだんと2学期が近づいてきた頃に不安げに話してくれたことがありました。
留学するまでは、地元の子は新しくやってくる留学生をワクワクと楽しみにしていて、世話を焼いてくれ、みんなで仲良く...という想像しかしていませんでした。
でも、そう簡単ではないのだというのは実際に行ってみてわかったことのひとつ。
やはり地元の子VS留学生みたいな構図はあって、どちらかというと地元の子の方に抵抗感があるみたい。
親としては、なんで分け隔てなく仲良くできないんだろう!とモヤモヤとしたものだけど、改めて考えてみると、留学生は毎年どこからかやってきてはどうせいなくなるわけで、ちょっとした文化の違いからの「いけすかない」感もあるのだと思う。
大人の社会も子どもの社会も、それぞれの立ち位置と感情があり、それは少しずつ歩み寄り、すり合わせていくしかない。
「なんでいい感じになってきたの?」
「うーん、なんでかな。だんだん、なんとなくいい感じになってきた。」
そっか、そうだよね、
そういうもんだよね。
子どもは素直だから分かりやすく対立してしまうのだろうし、その分、なんてことなく近づいていけるのかも。
いろいろな経験を共にして、お互いに歩み寄ってきたってことだ。
いろんなジレンマを抱えて過ごした1学期から、2学期は「いい感じ」と思えるようになったこと。
山村留学は、自然体験や自立が大きな要素だと思っていたけど、実は何より社会性を学んでいるのかもしれません。きっとそれは、受け入れる側の子どもたちも同じ。
新しい環境に飛び込んで、新しい仲間と過ごす。
期間限定の仲間を迎え、折り合いを付けながらうまくやっていく。
勉強で点が採れるようになるとか、速く走れるようになるとか、整理整頓が出来るようになるとか、目に見えて何かが上達するのとは違って、社会性はわかりやすく目には見えないけれど、悩んだり戸惑ったりした分は層となって蓄積されているはず。大人のつい分かりやすい成長を求めてしまうところを自分自身でたしなめつつ、目には見えない成長をとりこぼさないように感じ取っていきたいものです。
汚れの落ちない薄汚れた体育着、膝の破れたズボン、
バラバラになったボールペンにちぎれた消しゴム、提出期限の過ぎたプリント、
なぜ筆箱から歯ブラシキャップが出てくるのか...という諸々は、ぐぐぐ、いったん置いておくとしてだな。
うん、よくがんばった!
長かった2学期が終わってしまうとほんとうにあとわずか、という気持ち。
3学期も元気で楽しく過ごしてほしいし、親もこの立場を十分に味わわねば。
ということで、今週はPTAの行事に参加してきます!