jokogumo note

[コロナ禍のつれづれ]

揺らぎとその先にあるもの

揺らぎとその先にあるもの

営業を縮小しながらではありますが再開2週目になりました。初日から、お馴染みのお客様、ご近所の方、ウェブショップをご利用くださっていた方、初めまして、お久しぶり。みなさまによいペースで越しいただき、本当にありがたい限り。

お客様をお迎えするという店として当たり前のことが、こんなに特別だったなんて。そして、2009年に初めて実店舗を構えて人を待っていたドキドキ、ソワソワとした気持ちが懐かしく蘇りました。

よこぐも手帖では、再開と合わせて移転のこともお知らせしていたので、多くの方がそのことにも触れてくださいます。メールやSNSからのコメントも、ありがとうございます。

受け止めも様々ではありますが、前の店(これから戻る場所)を知っている方から「懐かしいですね。」「あの場所も好きですよ。」「戻ってもまた新しい場所になりますよ。」「楽しみにしてます!」などなど、前向きな言葉をいただけるのはとても励みになります。

心の揺らぎみたいなものを正直に書くと、これからの時代に必要なことだと感じて移転を決めたけど、それをみなさまにお知らせするまでにいろんなことを考えました。そしてお知らせしてからもやっぱりいろいろなことを考えます。

店番をしながら、いい場所だなぁ...と店を眺めているとき、ものがうまく並んでしっくりと来たとき、店の前をお馴染みのご近所さんが通り過ぎていくとき、それから何より、この店に来るのを楽しみにしてくださっている方のことを考えたとき。

何かを手に入れるときもそうだけど、手放すのにも勇気がいる。

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勇気を振り絞って、自分が「こっちだ」と思う方へ舵を切るわけだけど、考え出すといくらでも不安要素や後悔の材料ってあるんですよね。反対に、いや、これはよい決断だ。あんなことも出来るかも、こんなことも出来るかも。可能性しかない!と超ポジティブになるときもあって。それらが心のバロメーターに合わせてお互いに湧いてきたり、消えていったり。

何か新しい決断をしたときというのは必ずこうして揺らぐもの。前に小さな店から移転するときも随分と不安になりました。だけど、そのあとに後悔したことはなかった、かな。

人が不安に思うことの8割?9割は実際には起こらないことなんですって。それなのに私たちは心配をしてしまうんだなぁ(しない人もたまにいるけど概ね人生を謳歌している気がする)。

スペースが小さくなるということは、当然これまで出来ていたけどこれからは出来ないことが出てくるし、制約も生まれる。でもその代わり、これまで出来なかったけどこれから出来るようになることも同じように出てきて、自由も生まれる。

そのときその状況で出来ることを、目一杯考えて、ひとつひとつやっていく。結局はそれしかない。
決断を重ねていくことで次のハードルが下がるのは、そのとき振り絞った勇気のおかげかなぁと思います。


さて。まだまだ夢?希望?の段階ですが、移転して身軽になったら、旅をもう少し増やしたいです。これまでその土地のこと、ものづくりの背景を知りたくて作り手や産地を訪ねてきました。もちろんその目的も持ち続けるけど、これからはさらに現状を知っていきたい。そしてそれを伝えたい。今消えゆくもの、私たちは何を失おうとしているのか。

悲観的な響きだけど、私たちはこれまで受け継がれてきた知恵やその技、多くの仕事をこれから次々と失っていくことになると思う。もしかしたら何かのきっかけで生き延びるものもあるかもしれないけれど、どちらかというと人知れず消えていくものの方が多いんじゃないか。そのことを知っておく、分かっておくことの意味みたいなものをここ2、3年くらいずっと考えています。

※それをひとつ、形にしたのが「東北、山と暮らしの道具展

もしかしたらそれをちゃんとやりなさいっていうことなのかもしれないな、今回のタイミングは。(書きながらそう思えてきた。やっぱりアウトプットは大事。自分の考えをまとめるためにも)

長くなりそうなのでこの話はまた今度に。

移転の作業におもっているよりも時間が掛かりそうでこのところ焦り気味。少し早めに今の店は終了することになりそうです。7月11日(土)くらいかな...
在庫は出来るだけ減らしておきたいので、お買い物大歓迎ですー!(笑)