息子が山村留学したはなし⑤
息子、今いないんですよ。
と、気軽に言っちゃっているので(こうして書いてもいるし)、最近は今いない前提で話してくれる人が増えてきました。
息子が山村留学したはなし①はこちらより
そんな中、よく聞かれるのが「寂しいでしょう?」ということ。
同じように子供がいる人だと、そんなの(1年も不在だなんて)もう考えられない!という方も案外多く、そうか、そういうものなのか...と他人事のように思ったりしています。
寂しくない。そう言い切りたいわけじゃないけど、寂しいかっていうとそういうわけでもない。えっ、薄情?いやいや、むしろ厚情な方。もしや自分の思う「寂しい」は人が思う「寂しい」とは違うんじゃないか、と心配になって調べてみたくらいです。
【寂しい/淋しい】
・仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること
・心が満たされず、物足りない気持ちであること
・人の気配がなく、ひっそりとしていること
概ねあってる。
でもやっぱり、こういう「寂しい」気持ちは自分にはない気がします。
寂しがってないかな。
困っていることはないかな。
みんなとうまくやれてるかな?
持っていった薬はちゃんと飲んでるかな。
忘れものしてないかな。
宿題ちゃんとできてるかな...。
人に迷惑かけてないかな。
はじめはこんなふうに「心配」な気持ちはたっぷり、というかむしろそれしかなかったけど、それも前回の④でも書いた通り、克服してしまったし。
じゃあ何があるのかっていうと、例えばスーパーにスイカが並び始めたとき。
あっ、スイカ出てるじゃん!
○○くんに買って...、って、いないじゃん!
とか、
お、今日のワイルドライフ(NHK)はヒョウだな!
○○くんが喜ぶ...って、いないんだった。
とか、そういう類のもの。
もしかしたら、私の脳内は「いない」って思っていないのかもしれない。
いや、ここにいないのは知ってるんですけど、ここじゃない別の場所に「いる」っていう感覚の方が強いのかも。
「いる。」
だから、寂しくは、ない。
そういうことなのかもしれない。
そうこうしているうちに、あと3週間もすれば夏休みで帰ってきます。
帰ってきたら大好きなスイカを買ってたくさん食べさせてあげよう。なんて楽しみにしつつ、田舎に行っているからスイカだってたっぷり食べて、珍しくもなんともなかったりして。
母の知らないところで、たくさんの経験をしているのだと思うと頼もしくもあり、羨ましくもあり。
そうやって、思ってる以上に成長して帰ってきて、母の知っている息子がもうここにいないって感じたときが、もしかするとはじめて寂しさを感じるときなのかな。うぇーん!
つづき
息子が山村留学したはなし⑥はこちら